2012年7月17日

地区協議会の際 ご覧いただいた「てんびんの詩」DVDのダイジェスト版(50分程度)を各クラブに貸出しを行ないます。
案内に関しては、後日クラブ宛に申込書を送付いたします。
尚、上映時間の関係で例会延長なり、早送りされます様ご注意下さい。

てんびんの詩 第1部 「原点編」

 激化の一途をたどるビジネス・経済環境。
 求められているのは、いかなる風雪にも微動だもしない商いの「魂」であり、果敢に企業の明日を切り拓く優れた人材です。
 では、そのような「魂」は、人材はどのようにして育めばよいのか。
 温故知新。古きをたずねて新しきを知る、の故事に従い、あらためて「近江商人」を採り上げ、その商いの精神を、父母はもとより地域一体となっての愛と確信に満ちた後継者育成を探ってみました。

あ・ら・す・じ

 物語は近江商人の家に生まれた主人公・近藤大作が小学校を卒業するところからはじまる。
 その日、大作は父親から祝いの言葉と共に包を贈られる。中に入っていたのは鍋蓋だった。彼には意味がわからない。
 だが、そのなんの変哲もない鍋蓋が大作の将来を決めることになる。父親は彼にそれを売ってこいというのだ。それを売ることもできないようなら商家跡継ぎにはできないと…。

 大作の前には商いの心を、近江商人の魂を模索する辛苦に満ちた日々が待っていた。
 店に出入りする者の家を回るが、親の威光を嵩にきた押し売りのような商いがうまくゆくはずもない。
 さりとて、見知らぬ家を訪ねてもけんもほろろ、ろくに口さえきいてもらえない。
 親をうらみ、買わない人々をにくむ大作…。
 父が茶断ちをし、母が心で泣き、見守る周囲の人々が彼以上につらい思いをしていることに、まだ大作は気づかない。
 時には甲賀売薬の行商人にならいもみ手の卑屈な演技をし、時には乞食娘をまねて農家の老夫婦を泣き落としにかかったりもするが、所詮うそとまねごと。心のない商いは人々の反感を買うだけだ。
 いつしか大作の目には涙が…。

 そんなある日、農家の井戸の洗場に浮んでいる鍋をぼんやりと見つめながら大作は疲れ切った頭で考える。
 「鍋蓋が無うなったら困るやろな。困ったら買うてくれるかもしれん」
 しかし、その次の瞬間「この鍋蓋も誰かが自分のように難儀して売った鍋蓋かもしれん。」と思う。
 大作はただ無心に鍋蓋を洗いはじめる…。近づく足音にも気づかない大作。
 女が問う。「何で、うちの鍋洗ろうたりしてる。お前どこのもん。」
 大作、思わずその場に手をついて「かんにんして下さい。わし悪い奴です…。なんにも売れんかったんやないんです。モノ売る気持ちもでけてなかったんです。そんな三ヵ月やったんです。」
 彼の顔をふいてくれる女。それは、母親が実の子にする愛の行為そのものだった。
 そして、大作が我が子と同じ十三歳と知った女は彼の鍋蓋を売ってくれという。
 売れたのである。
 はじめて売れたのである。
 「売ればわかる」といった父親の言葉の意味を大作は知る。売る者と買うものの心が通わなければ、モノは売れないということを…。
 人の道にはずれて、商いはないということを…。